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カテゴリ:稽古場日誌( 61 )

心中天網島 稽古開始

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9月14日(月)稽古開始。

俳優全員が揃い、顔合わせと読み合わせ。

配役。

小春/早野ゆかり、紙屋治兵衛/三田直門、おさん/青田いずみ、粉屋孫右衛門/山谷勝巳、身すがらの太兵衛/藤田三三三、五左衛門/佐藤昇、叔母/神保麻奈

語りと演奏/岩佐鶴丈、蓬莱照子、演奏/藤田佐知子

テキストは近松の原文を構成したもの。
当然、語りの要素が加わることになる。
それを薩摩琵琶の岩佐鶴丈氏と女優であり新内もやる蓬莱照子氏、両人が行う。
平曲を中心にした男性的な語りの岩佐さんと、女性的な情緒を語る新内の蓬莱さんとのジョイントが楽しみ。そして、岩佐さんには小春の、蓬莱さんには治兵衛の行動を語らせるところがポイントである。

今回は、字幕の使用も演出の作為がある。字幕は、テキストに採用された近松の原文が映し出される。音楽とともに、語りとともに、また、その両者とともに舞台上に映し出されるのだが、字幕だけを独立させる場合もある。そのときは、語りや音楽とのカラミなしに俳優の演技と文字という二次元の世界が、交錯する。文字を舞台美術のひとつとも考えたい。

演技は、場面によって、二つの位相がある。
上の巻、下の巻の小春の出る場面と、中の巻の小春が出ない場面は、浄瑠璃の様式を生かした語りものとしての演技と、対話劇としての演技にわかれる。

その演技の位相だが、演出としては、歌舞伎における丸本物、つまり、人形浄瑠璃を歌舞伎に移入した作品の再考を念頭に置いている。
原則、太夫が一人で全てを語る文楽に対して、歌舞伎へそれらの作品が移入された時に、ことばの部分を当然役者がセリフとして言い、それ以外の地の部分を歌舞伎の太夫は語るが、どうしても役者の演技というものが、中心になっているように思われる。しかし、文楽では太夫が中心であり、演ずる人形は太夫の語りに合わせていく。つまり、イニシアティブをとっているものが、文楽と歌舞伎では、逆であるように思われる。厳密に言えばそうでいかもしれないが、そういった印象を受ける。
この話は、あまり深く立ち入らない。今回の演出に話を戻すと、その語りと役者、そして、テキスト(文字)の関係性を見つめ直すことで、新たな演劇空間を創出できないかということを考えている。

近松の心中物は、すでにおこっている実際の事件をもとに書かれている。当時の観客にとって、つい最近死んだものが、人形になって蘇ってくるのを目撃した時の衝撃たるやいかがなものであったか。
それは、単にスキャンダラスなインパクトだけではなく、死者の再生の儀式ともこの世とあの世が通じ合う開かれた場の現出とも感じたのではないか。そこに集まる観客は、招魂の儀式に立ち会う神聖な感情を心のどこかに感じていたと思う。さて、小春治兵衛が実在の人物であった記憶が消滅し、物語の世界の住人になっている現代、この作品がいかにして招魂の儀式たりえるか。

天網島は、物語としてもとてもよく書かれている。
登場人物のひとりひとりの内面が交錯し、その心と心の葛藤が新たな局面を生み出していく。
そういった意味では近代劇としての側面もしっかり持っている。

常に演出として意識していることは、観客の想像力とともにある作品作りだ。
見せなければならないものを全て見せない。
むしろ、舞台上にないものを観客に想像させる。
演技の様式、語りと文字の役割、そういったものに加え、舞台美術の側面では、影絵の要素を盛り込む。詳細をこの時期にここで記すことは控えるが、観客の想像力を刺激する空間であり、廓という世界、心中する道行などに効果を表すと思う。

・・・

一旦、筆を置く。
稽古を進めていこう。

・カンゾウのメモ 14日(月)中板橋「じゅんこ」、15日(火)中板橋「鏑川」
by yugikukan2 | 2015-09-16 09:13 | 稽古場日誌

『草迷宮』演出ノート 稽古始

本日は読み合わせ。

能舞台で泉鏡花の世界を現出させる試み。

俳優は鏡花の言葉を口跡よく発語している。
まずはよし。ここでつまずくと稽古が前進しない。

次回は文章の構造をより明確にすること。
そして言葉の感覚的な要素をもっと現出しなければ。

身体と呼吸を掘り下げる必要がある。

能舞台はその表現様式さえも方向付けてしまう強烈な空間。

そこにどうやって新たな可能性を見いだせるか。

構成は、前場、間、後場に分かれる。
各役にシテ、ワキ、ツレ、アイの役割を担わせる。

ドラマの流れは夢幻能に準ずるが、スピード感、交流の複雑さを書き加える。
楽士は地謡座に。地謡の役割を担うコロスは、移動を可能にし、能のミザンセーヌをアレンジする。

対話の可能性と語りものの要素をミックス。
長ゼリフを発語する際、一人にならないようにする。
行間にすき間を見つけ、行動のQを意識しなければならない。

聞き手は相手役のQに貢献しなければならない。

対話は如何にシンプルになれるか。
必要な交流に限定していき、無駄を廃す。

人形、仮面、コロス。
存在の位相を変化させ、空間を立体化する。

コロスは、役が語る長ゼリフのイメージを具現化する人形になる。
しかし別の曲面ではコロスが役を誘導する。

演じることの相互作用。

手毬唄。
万人の心の中の原点となりうるメロディがほしい。

それをさがす旅。

唄をさがす旅は命の源をさがす旅でもある。

劇構造と並行した位相の音響プラン。
能舞台に屋根が配置されているように、劇そのものを対象化するような自然音。

能舞台という直線的空間に円形、球形を効果的に配置する。
直線は前進する。
曲線は迷走する。
与えられた物体と追加された物体の交錯に精神的な律動を表現する。

尺八、チェロはメロディを、太鼓はリズムを刻む。
だけで成立したくない。

尺八、チェロが如何に打楽器的要素となりうるか。
太鼓が如何にメロディアスに響くか。

楽器の持つ特性の変化が、新たな音として空間に、新鮮な感動を与えるようにする。
by yugikukan2 | 2015-06-16 04:45 | 稽古場日誌

いよいよ通し稽古

8月に入って荒立ち、各場面の抜き稽古と続き、明日23日からはいよいよ通し稽古になります。
ドラマの流れを作っていく仕上げの一週間です。

また、音楽の生演奏が入るこの芝居は音楽家との合わせ稽古も大変です。
各場面とどう絡んでいくか、試行錯誤を重ねています。

18日日曜日、衣装が稽古場に届きました。
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時代劇の設定を借りながら命の尊さ、暴力の生み出す悲劇など普遍的な問題を描き、生者と死者の世界をともに描く幻想的な世界観をもつこの作品をうまく表現している衣装で、演出者としても満足しています。
衣装は細田ひな子さんです。

31日は東京公演に先駆け、沖縄私立保育園連盟さん主催の沖縄公演があります。
台風が来ないことを祈っています。

篠本
by yugikukan2 | 2013-08-22 07:59 | 稽古場日誌

子宝善哉 荒立ちはじまる

読合わせのあと、稽古は荒立ちに突入しました。

荒立ちは、舞台上で俳優がどのように動くのか、その動線を確認します。

第一日目は、時間の関係で作品の2/3ほどしかできませんでしたが、やはり、俳優が動くことで、この芝居がどのようなものになるのか、その感触がうかがえました。

演出の方向性としては、いつもと同じで、最少装置、最少小道具で、芝居を成り立たせるようにします。

私は、舞台上に舞台装置などで飾る舞台をあまり好みません。

ピーター・ブルックが「何もない空間」という演劇を提唱してもうずいぶんになりますが、私は、まさにこの「何もない空間」を演劇の理想のように思っています。

「何もない」ということでいえば、能楽やモダンダンスもそうです。
わたしはこれらのジャンルからずいぶん多くのことを学びました。

今回の芝居では、屋内、屋外の場面の違いをどう表現するか、生者と死者の世界の違いをどう表現するか、など課題が多くあります。生と死の世界が同時に描かれていたりもするので、なかなか大変です。

衣装は時代物ですが具象的になりすぎないように配色にこだわり、着替えもほとんどしません。

履物もなし。鬘もなし。

そういったことを俳優の動きとセリフでカバーします。

篠本
by yugikukan2 | 2013-08-02 05:20 | 稽古場日誌

子宝善哉 稽古快調

子宝善哉の稽古、快調に進んでます。
現在は、読み合わせの真っ最中。

まず、このお芝居が現代劇としてお客にどう届くのか、
そのテーマの掘り下げです。

ドラマは生き物です。
8年前に一度上演したものが今回新たな場、新たな役者を得て、
どうよみがえることができるのか。

そして、各々の役割分担、アンサンブルを確認することも大切です。
それぞれの役がドラマにおいてどうかかわるべきなのか。
各場面でのそれぞれの立場の確認。

さらに細かい言葉のニュアンスもチェック。
この芝居は時代劇の形をかりた寓話劇であり、また、「子殺し」という現代の問題を扱った現代劇でもあります。

「親の暴力」
「血の繋がり」

そういったテーマを明確にあらわすことばとはいったいどんなものでしょう。
俳優の声をてがかりに細かい点検をしています。
それは作者の描こうとした世界に磨きをかけることになります。

またこの時期に大切なのは、チーム内の信頼感を高めること。
個々の特徴を知り、演劇観、人生観を理解し、これからさらに行われる稽古場でのやり取りが確かなものになるように、人間関係の足場を固めます。

今日が読合わせの最終日、明後日からは荒立ち稽古になります。
by yugikukan2 | 2013-07-30 05:08 | 稽古場日誌

立ち稽古開始、そして 合流

本日の稽古から、先週の公演でお休みしていた秋葉舞滝子、久堂秀明の両君が合流。
稽古場がさらに活気に満ちたものになるだろう。

おとといの日曜日からテーブル稽古から、立ち稽古に移る。
立ち稽古と言っても、リーディング公演だから、本はもったまま、大きな移動もない。

しかし、これがなかなか難しい。
何が大変かって、・・・
それは観てのお楽しみ!

篠本
by yugikukan2 | 2012-11-20 09:53 | 稽古場日誌

体力勝負!

本番まであとひと月というこの時期の先週末、土曜、日曜に通しをしてみました。

いまのところ合計時間は二時間十分ぐらいなのですが、これがまあ、終わってみるとへとへとになるわけです。

お伝えしている通り、本来丸一日かけてやるものをたった二時間でやろうというのですから、その時間の荒波のなかで、俳優はものすごく体力を消耗します。

かといって精神的にダウンするような疲れ方ではないのです。

物語にカタルシス(浄化作用)があるので、疲れはするが、達成感もものすごくあるわけです。

それは過酷なフルマラソンを走っているような感じなのでしょうか。

通しの時間もちょうど男子マラソンのタイムぐらいですね。

十一段あるわけですが、そのどの段にもクライマックスがあります。

そして、類似する段がないので、物語が停滞することはありません。

トラック競技と違い、マラソンはコースの風景が変わっていきますが、それに似ているのでしょうか。

また、今回の演出で、誰もが何役かこなすわけですが、これがまた忙しい。

歌舞伎の場合は、衣装替えがあるので、できないような二役も、今回はリーディングですから、それができるわけです。

そのあたりの早変わり?も見どころかもしれません。

篠本
by yugikukan2 | 2012-11-12 08:58 | 稽古場日誌

稽古快調!

公演まであとひと月あまり。

10月中旬の歌舞伎・文楽ビデオ鑑賞からはじまった稽古。
約二週間、たっぷりと文楽・歌舞伎にひたったのち、読みの稽古がはじまりました。

この公演、リーディングと銘打っておりますが、単に朗読するのとは違い、むしろ演じる以上にエネルギーを要する作業になっています。

テキストには、文楽の床本を使います。

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いつも感じることですが、概ね現代劇の俳優は、呼吸が浅い。
したがって、しっかり構築された文体に声や体がついていかない。

遊戯空間に参加する俳優はそのあたり、泉鏡花、圓朝、または、和合亮一の手ごわい文体と取り組んでいるので、そこがずいぶんできてきましたが、一筋縄でいかないことも確かです。

今回の作品も長台詞がたくさん出てきますが、それを語りきるのがなかなか難しい。

意味を立体的にどうやって構築できるか、言葉の裏側にあるスケールの大きな情念を獲得できるか、また、個性的なキャラクターを作り出すことが出来るか、などに俳優の仕事があります。

また、地の文(セリフ以外の文)も俳優が語るので、それをどうやるかも問題です。

文楽の太夫は、たいてい一人ですべてを語るのですが、その時のセリフと地の使い分けが素晴らしい。
日本の伝統芸能の語り物の技法がそこにはあるわけですが、それを現代劇として取り扱いたい。

普段、対話劇になれてしまっている現代劇の俳優の体には、これもなかなか難題のようです。

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もともと昨年、日本演出者協会主催「中津川演劇キャンプ」で、協会有志と俳優が出演、私が演出し、中津川の地歌舞伎小屋で発表したものですが、その時の反省と、この仕事の大きな可能性から、この企画は、はじまりました。

中津川に参加していた秋葉舞滝子(スパイラルムーン)と、当初は古典勉強会的なものをする予定でしたが、「仮名手本忠臣蔵」をいざ始めようとなると、欲が出てくるというか、勉強会程度では収まらない作品の魅力に圧倒され、しっかり世に問う形を取りたいと思いました。

そしてこのような遊戯空間公演となったわけです。

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ご存じのように「仮名手本忠臣蔵」はとても長い物語で、歌舞伎・文楽でもなかなか通しで上演することはありません。
いま大阪の文楽劇場やっている通し上演でも10段目は割愛しています。

今年の春の歌舞伎公演は、2、8、9、10段目が割愛されていました。それでも「通し」と銘打ちます。

今回の遊戯空間公演の見どころとして、まさに11段すべてをやるということがあります。

もちろん原作のカットはします。
話の本筋に入る前の「埃しずめ」、(芝居ではまだざわついている観客に主役を出してもムダなので、 脇役などが場面にあった雰囲気作りをすることを指す。)は割愛し、また、段落ごとに単独でも鑑賞できるようになっているので、重複があります。これもカット。

そして、様式的な所作を省き、物語の起伏を生かして、スピーディに展開すると、これがものすごい二時間になるわけです。

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まだまだ話は尽きないのですが、今日はこの辺で。

次回以後は私以外の出演者による楽しいエピソードも披露されると思いますので、乞うご期待。

そして、公演にぜひぜひいらしてください。

篠本賢一
by yugikukan2 | 2012-11-10 10:07 | 稽古場日誌

ありがとうございました

「隅田川の線香花火」
おかげさまで無事に千秋楽を終えることができました☆
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各回ともほぼ満席となり、たくさんの方にご覧いただくことができて大変光栄です!

思えば昨年春に、震災後のゴタゴタで公演中止となってから早一年…
ようやく、という感じで、感慨もひとしお。

たくさんのお客様、スタッフ、諸先輩方に支えられ、この舞台に立つことができてとてもしあわせです。

今回の公演は終了しましたが、またこのブログにも登場できる機会があることを願って止まない川居でございます。

みなさま、本当にありがとうございました。
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by yugikukan2 | 2012-07-01 18:40 | 稽古場日誌

本日ハ晴天ナリ

お天道様にもめぐまれて、今日から遊戯空間「隅田川の線香花火」公演スタートです☆
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おかげさまでたくさんのご予約をいただき、お昼の回はほぼ満席予定とのこと。
夜の回はまだ少し余裕があるようですので、急に時間が空いたぞ、な~んて方も是非是非お運びくださいませ♪( ´▽`)

会場の木馬亭へはお散歩をたのしみながらお越しいただけそうですよ!
東京メトロ銀座線・都営浅草線浅草駅より、仲見世を浅草寺本堂に向かって進み、左手に五重塔がございますので、道に沿って左折してください。
少し歩くと右手にたくさんのぼりの立っている建物が見つかると思います。
二階の木馬館で行われている大衆演劇の看板が大きくでておりますが、遊戯空間の公演は浪曲寄席などがよく行われる一階の木馬亭の方ですので、お間違いございませんようご注意くださいね。

みなさまのご来場を心よりお待ちいたしております。
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by yugikukan2 | 2012-06-26 09:22 | 稽古場日誌